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教授コラム

教授コラム Vol.74「学ばざる者」

この文章は群馬大学総合外科学講座の業績集であるSurgical Scienceの巻頭言として書かれたものに手を加えました。

学ばざる者

DELICATE studyは群馬大学総合外科講座消化管外科の佐野彰彦先生と佐伯浩司先生を中心に行われた大規模な後ろ向きの臨床研究です。国内の57施設から16,475人が登録され、その結果は一流の雑誌”Gastric Cancer”(Impact factor 6.0)に掲載されました。

この研究は群馬大学医学部附属病院の消化管外科における一例の患者さんの経験から始まりました。患者さんは腹腔鏡下胃切除後に十二指腸断端の縫合不全から断端瘻を起こし、最終的には回復されましたが、退院まで時間がかかりました。十二指腸断端瘻という合併症はしばしば重篤となり、結果として患者さんが死亡することも稀ではありません。

この症例は外科診療センターのmobidity & morality conference (M&M カンファレンス)で検討されました。 カンファレンスで、私が佐野先生に確認したのは断端の処理法についてでした。私が開腹手術をしていたころは、ルーチンに十二指腸断端は自動縫合器で閉鎖した後、筋層漿膜縫合で補強していました。この補強は腹腔鏡で行うことは技術的に難しいこともあり、最近では省略されることも多いということでした。さらに確認すると断端処理の補強については一定の見解はなく、施設によって断端の補強についての方針は施設によってバラバラで省略されることも多いとお聞きしました。ただ、十二指腸断端瘻自体の頻度が低いために一施設では結論を出すことは難しいということでした。その時、佐野先生にぜひ全国の多施設で検討し、結論を出してほしいと提案しました。

佐野先生と佐伯先生は今回の合併症を重大と考え、全国調査を施行していただいたのです。佐伯先生が今まで築いてきたネットワークを利用して57施設に協力していただき、研究が行われました。その結果として調査された16,475例のうち、153例(0.93%)に十二指腸断端瘻が発生していました。十二指腸断端の補強を行った症例ではその発生率は0.72%であったのに対し、補強を行われなかった症例では1.19%と有意に補強を行わなかった症例で発生率が高かったことが明らかになりました(p=0.002)。その差は0.47%と僅かな差のように思われますが、胃切除を1,000例行えば、十二指腸断端を補強した症例に対して、補強を行わなかった症例で十二指腸断端瘻が5例近く多く発生することになります。十二指腸断端瘻の発生頻度が低いことから、一施設のデータ解析ではわからない程度の差と思います。しかしながら、十二指腸断端労瘻はしばしば重症化して命に係わる場合があることを考えればやはり可能な限り補強は追加すべきという結論になりました。

まずは、大変多くの症例を収集し、粘り強く研究を進め、論文化していただいた佐伯先生と佐野先生のご尽力に敬意を表します。そして、この研究は補強の必要性以外に我々に2つの大切なことを教えてくれます。ひとつは手術手技の事、そしてもうひとつは患者さんから学ぶということです。腹腔鏡の導入によって手術術式は変遷を遂げていますが、開腹で行われてきた手術手技には長年の経験に基づいて行われてきたものが含まれており、技術的に困難であるという理由で簡単に省略すべきではありません。そして手術を受けていただいた患者さんから学ぶ姿勢を忘れないということだと思います。

術後の合併症の発生には様々な要因が複雑に絡み合い、避けられない合併症はあると思います。しかしながら、そのような合併症を次に手術を受ける患者さんに繰り返さないために、合併症の発生のリスクを低減させる努力をすることは大切です。合併症がなぜ起きたのか?次に起こさないためにはどうしたらよいのか?合併症発生の要因を明らかにするために一例一例を振り返ることは大切です。ですから、多くの人が参加して患者さんを振り返るM&M カンファレンスはとても大切です。よく臨床の現場では「一例一例を大切にする。」ということが強調されます。今回は一例の合併症の検討から大規模な臨床研究に発展し、重要なclinical questionに関する知見をえることこそが、正に一例を大切にするということではないでしょうか。私達外科医は、術後合併症を起こした患者たちを全力で救います。臨床医として大切な姿勢だと思いますが、その患者さんに対してどこか申し訳ない気持ちはあるものの、それ以上のことはできないと思います。もっとひどい場合には起きた合併症に対して患者さんの状態が悪かったからと、原因を患者さんに求めたり、合併症は一定の頻度で起こるのだから致し方ないという外科医を見かけます。でもすべてそれを承知で手術の計画をたてたのですから、外科医に責任がないわけがありません。むしろ、私は「学ばざる者、外科医たるの資格なし。」と思うのです。そして、そのような姿勢からはなんの科学的な進歩も発展も生まれないでしょう。アメリカの自動車王とされるヘンリーフォードの名言に次のような言葉があります。外科医にとっても大切な言葉と思います。

The only real mistake is the one from which we learn nothing.
(本当の失敗は失敗から何も学ばないことである。)