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教授コラム

教授コラム Vol.15「Is the glass half empty or half full?」

理想の外科医といえば、一般の皆さんが思い浮かべるのは“ブラックジャック”や最近では“ドクターX”といったところでしょうか。いずれも“神の手”のような手術技術を持って難病の患者をメスで救うという外科医だと思います。

私の手元に“組織事故とレジリエンス”(日科技連出版社、James Reason著)という本があります。これは人間をエラーの潜在的要因と見なすだけではなく、人間を「危機を救うヒーロー」としてみることの重要性を過去におこった様々な危機的状況を事例として示した本です。その中の第IV部「驚異的なリカバリー」という章があり、9.5卓越した外科手術(1995~1997年)という項目は大変興味深いので少し紹介したいと思います。

そこにはJane Carthey博士が行った調査に基づく論文の内容が紹介されています(Carthey J, et al. Safety Science 2003; 41: 409-25.) 。彼女らは1996年から1997年に行われた英国の16の医療施設の16名の外科医が行った165例の新生児の大血管転換手術を対象として実際に手術に立会い、調査を行っています。

この手術は心臓外科手術の中でも難度の高い手術の一つと思いますが、術中に平均1つの重大事象(患者の安全を直接脅かすイベント)と6つの軽微事象が起こったそうです。軽微な事象は単独で安全を脅かすほどではないものの、その中には助手である若い外科医による視野展開不良や縫合糸の裁きの不良や手術器具の取り扱いのミスなどが含まれています。これらの術中の発生事象と術後の成績(短期アウトカム)の関係を検討しています。

重大事象についてはうまく対処できなければ明らかに術後死亡と関係しており、うまく対処ができれば術後の死亡とは関連がなかったそうです。軽微事象に関してはその発生回数が術後の死亡とニアミスに関与しており、対処に関しては関連がなかったそうです。このような事象の発生回数が多ければ多いほど術後の死亡率が高かったことになります。また、手術が高難度になればなるほど事象の発生は多くなるのでしょう。

この中で、特に私が興味深かったのは、発生事象にうまく対処できた外科医は“問題を解決できるという確信を持って現実的楽観主義(realistic optimist)を貫いていた”という一説です。

手術にうまくいかない事象はつきものです。そのような事象は手術にはつきもので、起こるものだという心構えが必要で、起こった場合には冷静沈着に柔軟に対処することが大切です。また、軽微な事象についてはチーム力を上げ、精度を高める必要があります。

楽観主義か悲観主義か?についてよくたとえ話がされるのはコップの半分に水が入っているとき("Is the glass half empty or half full?")に同じコップを見ても悲観主義者は「もう半分しかない」と思い、楽観主義者は「まだ半分ある」と思います。悲観主義者は何か問題や難関にぶつかった時に、「他に選択肢はない。私ができることはこれしかない」と思ってしまう傾向にあるそうです。創造性豊かに、様々な解決法を試すのが現実的楽観主義者だそうです。現実的楽観主義者は広い視点を持ち、前向に、現状乗り越えるべきことを認識し克服しようとします。(Sarah Griffiths;MailOnline, Published: 11:04 BST, 27 August 2013, http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2402601/The-glass-really-IS-half-Realistic-optimists-happier-successful-personality-types.html

ありがちなのは、手術中におこった重大事象を助手や患者さんのせいにして、声を荒げている外科医、「縫合糸を速く出せ」など怒鳴り散らしている外科医の姿かもしれません。怒鳴り散らすことで、看護師さんや助手の外科医は萎縮してしまいますし、術者本人もさらに冷静さを欠く結果になっていると思います。冷静さを欠けば思考停止になってしまいます。これでは悲観主義か楽観主義の以前の問題ですよね。現実的楽観主義を貫く外科医は必ず解決できるという信念を持っており、まだまだ方法はあるという考えを持つことで逆に冷静に対処できるのかもしれません。

術中におこるべきバリアンスを予測し、それを回避することができれば最高だと思いますし、対処法を術前にシミュレーションしておくことは外科医として必須だと思います。よしんば起こっても、術中の重大事象に対していかに適切に対処するか?これは外科医にとってクリティカルなところだろうと改めて感じています。