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教授コラム

教授コラム Vol.27「パラダイム・シフト」

パラダイム・シフトという言葉はご存知でしょうか。科学史家トーマス・クーンが科学革命で提唱したパラダイム概念の説明で用いられたものが拡大解釈されて一般化したものだそうです。パラダイム・シフトは、狭義では科学革命と同義で、今は広くその時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することをいうそうです。

群馬県では今年外科医を目指して外科専門医制度に登録をした専攻医は1名だけでした。これは全国でも山梨県、高知県の3県しかない危機的な状況です。また、多いときは旧第一外科、第二外科をあわせると20名をこえる入局者があったことを考えればいかに危機的な状況であるかがわかります。このままでは将来的には群馬の外科医療は崩壊してしまいます。これは、いわゆる地方にある大学の問題とともに群馬大学の医療事故が大きな影響を与えていると考えられました。

私は今年の1月から3月にかけて22の関連病院を一つ一つ訪問させていただきました。群馬県から埼玉県、栃木県まで医会長の宗田 真先生とともに訪問いたしました。訪問先では院長先生、外科部長の先生方と面談いたしましたが、どこの病院でも外科医の不足のために十分な人材を派遣することができない現状をご説明するとともにひたすらお詫びを申し上げてきました。それと群馬県とその周辺の外科医療のレベルアップのためには大学のみの取り組みではできないこと、大学と関連病院の協力で外科医を増やすこと、その結果、関連病院と大学がwin-winの関係になるようにしたいということをご説明してきました。

群馬大学医学部附属病院外科診療センターでは平成30年5月19日に第7回の基本手術手技講習会を主催しました。この講習会は第7回という回数からわかるように私の前任の桑野博行先生が始めたものです。医学生や初期研修医を対象に外科の基本手技を習得することに楽しさを体験していただくことで外科に興味を持ってもらおうとの目的で半年に1回開催されてきました。これまでは群馬大学の学生さんや附属病院の初期研修医を対象に行われてきました。

  • 基本手術手技講習会ポスター
    【図1】
  • グラフ
    【図2】

今回の基本手術手技講習会を準備するに当たって、長らくこの会のお世話をしていただいてきた久保憲生先生に新たな気持ちで取り組もうということで、以下のことをお願いしました。1.関連病院の外科医の先生方に講師として来ていただくようお願いすること、2.その時に研修医を医引率して連れてきて頂くこと、3.群馬県庁に連絡をして、群馬県の後援をいただくこと、でした。それらによって「オール群馬で外科医をリクルートし、育成する」体制の構築の第一歩となると考えたからです。この講習会が旧第一外科を中心に行われてきた背景からこのような発想の転換は難しかったのではないかと思います。旧第一外科、第二外科が統合され、群馬県の外科が一体となってきた雰囲気の中で初めて考えられたことです。また、群馬県からは後援していただくことを快諾していただきました(図1)。

なかなか参加希望の出足は鈍く、締め切りの直前まで30名台の参加申し込みでしたので、久保君にお願いをして、研修医の先生方には個別に連絡をしていただきました。それでもなかなか参加者は増えず、やきもきしていましたが、参加締切日近くになって急激に申し込みが増え、目標の50名を大幅に上回る84名の参加申し込みがありました。第3回から記録が残っていますが、30名から37名で、84名という数がいかに多いものかがわかります(図2)。

何よりも嬉しかったのは13の関連病院から18名の講師の先生にご参加いただいたことでした。先生方は全くのボランティアでしたから、現状に危機感を持って参加していただいたのだと思います。

当日はとてもよい会になりました。何度か以前参加していたリピーターの参加者には医学部附属病院のスキルラボセンターの田中和美先生のご尽力で、ダヴィンチの練習機にもトライしていただくなど、久保君の綿密な計画と創意工夫のお陰で、混乱なくすべてのブースを回って経験していただきました。学生さん、研修医の先生方ともに時間を忘れて様々な手技に一生懸命取り組んでいただき、本当によかったと思いました。参加していただいた皆さんにとって3時間の研修はあっという間ではなかったかと思います。一生懸命の若い先生方の姿を見ますとこちらのほうが力を貰ったようで、うれしく感じました。

当日の様子

ただ、以前の講習会と違ったのは関連病院からきていただいた講師の先生方の姿でした。お忙しい中ボランティアで参加していただいた先生方には頭の下がる思いでした。先生方は群馬県の外科の宝だと思います。ただ、学生や研修医に指導していただいている姿はどの先生方も楽しそうで、先生方も研修医・学生さん達から元気や力を貰ったのではないかと思います。

講習会は明るい雰囲気に満ちておりました。技術を習得する、教えるという前向きの行為から発せられる明るさとは別に、群馬県の外科医が集まり大学と関連病院が一体となったオール群馬の体制で若い医師の教育と育成に携わるという新しい試みの第一歩であったということ、そしてそれよってもたらされる明るい未来を垣間見た気持ちがしたのではないかと私自身は感じました。もちろん、この試みだけで外科医が増えるほど簡単な情勢ではありませんが、自然と発せられる健全な明るさは人を魅了し、若い医師の集う場ができるのではないかと思います。

大学中心からオール群馬へ、発想の転換でこれだけの流れがつくれました。パラダイム・シフトがおきたのです。そして群馬県の外科は必ずよくなる、そんな予感がみんなを明るくしたのだと思います。

成功への道は自らの手で未来を創ることによってのみ開ける (Peter F Drucker)。みんなで力を合わせて群馬の外科の未来に思いを馳せ、それを創ること、われわれが今やるべき、困難ではあるけれどもやりがいのあることだと思います。