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教授コラム

教授コラム Vol.63「外野席から」

先日、九州大学消化器・総合外科の吉住朋晴先生の教授就任祝賀会が福岡で開催されたので出席させていただきました。コロナ禍の影響もあり、飲食なしご挨拶のみの同門による会でしたが、大変すばらしい会でした。皆様の温かいご挨拶、吉住先生の決意表明のスピーチもたいへんよかった。ご挨拶をされたお一人に名誉教授の杉町圭蔵先生がおられました。私は杉町先生が教授に就任されて最初に入局した不肖の弟子です。杉町先生のご挨拶の中の一言が心に残りました。杉町先生は「吉住君のことを外野席から応援します。」と言われました。

この祝賀会の数日前に私が今秋に主催させていただく日本癌治療学会学術集会のことで杉町圭蔵先生にご挨拶に伺いしました。現在、杉町先生は博多駅から各駅停車の電車で小一時間かかる遠賀郡のおんが病院・おかがき病院の統括院長をお務めです。私はJRでお伺いしたのですが、帰りには「僕が車で送ってあげるよ。」とおっしゃっていただきました。何度も固辞しましたが、「今から僕も帰るから。」と言われ、私の自宅まで1時間ほども車を運転され送っていただいたのです。

先生が運転される助手席に乗せて頂いて、その間私はつまらぬ質問ばかりをさせていただいたのですが、杉町先生には終始和やかにお話をいただきました。そのようなよもやま話として私がお聞きした話です。私がよく記憶しているのは杉町先生が九大を退官されてから一度も大学には来られなかった。先生は退官されてから学校共済組合の九州中央病院の院長をお務めになりました。九州大学と九州中央病院は車ですぐの距離ですので、医局員の中には直ぐに大学に来られるのではと勘ぐっている人もいましたが、見事に一度も来られませんでした。その話をすると「僕は院長を辞めてから、九州中央病院にも行ったことはないよ。正確には病院の全面改築の記念式をやるので、どうしても挨拶に来てくれと言われるので1回だけ行ったことがある。行けばいろいろ言いたくなるから。」とおっしゃいました。

これは中々できることではありません。引退した社長が会長に就任して院政を敷くなどという例はいくらでもあると思います。長年にわたって自らが心血注いで作り上げた組織であればあるほど、引退しても何らかの影響力を残したいという気持ちになるものだと思います。でもそのような気持ちを制して杉町先生は一度引いたら一度も自分から来られることはなかった。そのような姿勢を基に“外野席から応援する”とおっしゃったのだと思います。

杉町圭蔵先生には癌治療学会で髙田明さん(ジャパネットたかた創業者)の特別講演のご司会をお願いしています。髙田明さんは長崎県平戸の小さなカメラ屋さんから頑張って、頑張って事業を拡大し、ジャパネットたかたを創業し、年商1700億円を超える通販会社に育て上げました。その生き方や考え方、そしてテレビの90秒で商品の魅力を伝えるコミュニケーション能力は医師である私共にとっても勉強になると思い、講演をお願いしました。

髙田明さんは2015年にジャパネットたかた社長を退任し長男の旭人さんに会社の経営を譲りました。その後、会長などになるわけでもなく一切会社からは身を引かれました。その髙田明さんの人生訓は「今を生きる。過去にとらわれない。未来に翻弄されない。」だそうです。今という瞬間を懸命に生きるということを大切にしてこられたそうです。杉町先生も現役の教授時代全力疾走するように仕事をされていました。お茶を飲んでゆっくりしてなどは見た記憶がありません。とにかく朝早く大学に来られ怒涛のように仕事をされ、7時には帰るという生活だったと思います。杉町先生は「自分は取り立てて優れた才能があるわけではない。だから、教授になった時だれよりも仕事をせんといかんと思った。」とお聞きしたことがあります。杉町先生、髙田明さんともに 今、この瞬間に全力を傾けることを考えてこられたのではないでしょうか。杉町先生は九大を退官されてからは九州中央病院の院長職に全力を傾けられたのだと思います。だから九大に来ることはなかった。だからこそ、過去から決別できる。今を懸命に生きる、その結果過去を振り返らないという引き際の美学。私もそうありたいと思います。