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教授コラム

教授コラム Vol.67「星花火」

「間断の音なき空に星花火」海童

海童は女優の夏目雅子さんの俳号で、この句は夏目さんの作と聞いています。皆さんもご承知の通り、夏目さんはとても上品で美しい女優さんで、私はドラマ西遊記の三蔵法師の役を演じられていたことを記憶しています。それからもいろんな役に挑戦されていて、きれいなだけではなく芯の強い人なのだろうなと感じていました。佳人薄命とは夏目さんのためにあるような言葉ですね。夏目さんは白血病のために1985年9月11日27歳で亡くなりました。この句を詠んで40日後に亡くなられたそうです1。命日から逆算すれば句を詠んだ時期は7月の終わりのはずですので、句に詠まれているのは隅田川の花火大会でしょうか。この句は闘病中の入院生活の中で詠まれたと聞いています。窓の開かない、音のない病室から彼女はどのような思いで花火を見たのでしょうか。花火は華やかだけれど直ぐに消えてしまう。消えてしまうから愛おしい。花火にはそんな儚い美しさ、切なさを感じます。短かった夏目さんの人生と重なり、この句はとても印象的です。

この8月13日、私が住む前橋市では3年ぶりに花火大会が開催されました。コロナ禍の影響で過去2年は開催されませんでした。今年は直前まで台風の影響で開催が危ぶまれましたが、無事開催されて本当に良かったと思います。花火の打ち上げ場所からは少し距離はありますが、幸い自宅の窓から花火が見えます。花火大会に合わせたわけでもないのですが、拙宅の近くに住んでいる義理の両親、妻の妹が私の自宅に集まり、私達夫婦と共に遠い空に打ちあがる花火を見ることができました。花火が上がる度、両親は歓声を上げて喜んでいました。その光景を見ながら、その時間が本当に嬉しく感じました。細やかではありますが、穏やかな日常の中の光景が愛おしく、大切に感じられました。

花火には鎮魂の意味があるとのこと。お盆に花火大会が行われるのもお盆の“送り火”としての意味があるそうです。お盆には、ご先祖様の霊が現世に帰ってくるとされています。お盆の最終日には「送り火」といって、ご先祖様が道に迷わず極楽へと帰れるよう道を照らす慣わしがあります。花火も、送り火の延長として真夏に打ち上げられるようになったそうです2

コロナ禍によって人と人との繫がりが希薄化し、孤独感を感じる人が増えているそうです。また、ロシアのウクライナへの侵攻で、多くの命が失われています。このような状況が解決され、親戚一同がお盆に集まり、先祖の想い出や日常のことに心通わせることができる平和で、穏やかな日々が一日も早く取り戻せますように。夜空の花火にそんな思いを託しました。