肝癌の患者さんの話です。患者さんは60歳代で、胆管腫瘍栓、門脈腫瘍栓を伴った肝癌に罹患されていました。C型肝炎に罹患しておられましたがインターフェロン治療でウイルスは完全排除された状態でした。それから好きなお酒をやめて養生に取り組まれていましたが、不幸にして肝右葉に肝癌が発生し、発見されたときには上記のような状態でした。
肝機能的には何とか肝右葉切除が可能と判断し、術前の検査を進めておりましたが、胆管腫瘍栓からの胆道出血をおこしましたので、肝動脈塞栓術を施行し止血をしましたが、手術は延期になってしまいました。再度の手術に向けて準備を進めていたところ、今度は39度の熱発がおきてしまいました。痛みも乏しかったために診断が難しかったのですが、抗生剤だけでは発熱は改善せず、最終的には胆石による胆嚢炎の診断で胆嚢ドレナージを行いました。それによって何とか熱発はおさまり、2回の手術の延期の後、肝拡大右葉切除、胆嚢摘出術を行いました。この間も患者さんは体が衰えないよう、病棟の中で歩行を積極的に行ったり、食事を食べたりなど、懸命の努力をされていました。
手術は胆嚢が部分的に壊死しており、癒着が激しく大変でしたが、215mlの出血で何とか終わることができました。経過は順調で術後2週間で退院となりました。退院の前日、私に患者さんは「手術の前は本当にどうなるだろうかと心配しましたが、無事退院することができました。本当にありがとうございました。」とおっしゃっていただきました。
ただ、私は、患者さんが2度の手術の延期にも決して心を折れることなく前向きにがんばっていただいたからこそ、手術ができ、術後もうまく言ったのだと思いました。
肝移植のパイオニアでつい先日亡くなられたT.E.Starzl博士の著書にThe Puzzle Peopleがあります。その中で触れられているエピソードに次のようなものがあります。
コロンビア大学の医学部教授で有名な消化器病専門医であったマイケル・フィールド先生とのエピソードです。フィールド先生はStarzl博士が肝移植を創始、発展させた功績に対して有名な賞を受賞するのを記念して開かれた講演会でその司会をすることになっていたのです。講演会の前日にStarzl博士をホテルに訪問します。
フィールド先生は「1年以上前になるが、ネブラスカ大学でバド・ショー(Starzl博士の弟子の高名な移植外科医)から肝移植手術を受けた。」ことを明かします。その上でStarzl博士に「長年肝臓病に苦しんだが(中略)、肝臓移植は幻想だ、自分の病気は治療できないと長い間思い込んでいた。しかし肝臓移植がすこしずつ完成されていくのを見ていた。ついにここまで進歩をしたのはあなたのおかげだ。心から感謝したい」と感謝の意を告げました。
Starzl博士は、以下のように思います。
“フィールドの言葉に私は感謝したが、本当の感謝は、彼自身を含む生きる努力をしている患者たちに向けられるべきだと私は思った。確かに移植外科医は患者を救う。しかし、患者は私達を助けて、仕事や努力に意味を与えてくれる。”(ゼロからの出発.監修 加賀音彦、訳 小林麻耶、講談社)
Much as I appreciated Field’s kind words, I knew that the real tribute was to him and to other patients who like him found the will to strive and survive. It is true that transplant surgeons saved patients, but the patients rescued us in turn and gave meaning to what we did, or tried to. This thought was going to be in my first sentence the next day when I gave the Beamont Lecture. (Thomas E. Starzl: The Puzzle People, University of Pittsburgh Press, 1992, pp338-9.)
いまだ肝移植を始め、肝胆膵領域の手術は、100%安全というわけではありません。私達を信頼し、勇気をもって手術を受ける決断をし、周術期に回復にむけて懸命に努力をしていただける患者さんがあって初めて私達の仕事は成立します。その患者さんたちに敬意と感謝の気持ちを持って接することは外科医として何よりも大切なことだと思います。