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教授コラム

教授コラム Vol.33「『守・破・離』の守」

手術手技を習得するには先輩の技をいかにまねるかが大切だと思います。私が研修医のころは先輩から手術手技を習った覚えがありません。今とは違い術中に手技について説明したもらったこともありません。術中はとても緊張感に満ちていて研修医が質問できる雰囲気ではありませんでした。そういう時代でした。プロ野球ではないですが、プロの技は自分で盗めということもあったのでしょうか。

皆さんは「守破離」という言葉をご存知でしょうか。第72回日本食道学会学術集会で会長を務められました加藤広行先生がテーマとして取り上げておられました。その会長のご挨拶から少し長いですが引用させていただきますと

『「守・破・離」とは、茶道や武道などの日本古来の『道』文化が発展、成熟していく過程で広く語り継がれてきた言葉であります。この語源は諸説ありますが、茶人・千利休が、茶道の心得や作法を和歌でまとめた「利休百首」に、「規矩作法 守り尽くして 破るとも 離るるとても 本を忘るな」という歌を遺したのが始まりと伝えられています。「守」は師の教えを守り、基本の型や技を習熟する段階を指します。「破」は身につけた基礎を磨き、より洗練させて基本の型を破り応用することです。「離」は師の教えから離れ、新しい独自の境地を切り拓くことを言います。これらの教えは時代が変わっても一つの物事を習得し、新境地を開拓する過程の中で重要な教訓を示しています。医学修行の道においても相通じる大切な心得で、食道学を研鑽する次世代の若手医師に紛れもなく伝承すべきと考えております。卒後10年までは「守」のごとく基本を忠実に学び、次の10年は基本を「破」り新たな改良を確立し、その後は師の教えから「離」れ独立するがごとく、10年毎の卒後教育の模範になりえると愚考する次第であります。さらに和歌の末尾にある「本(もと)を忘るな」は、「教えをいつしか打ち破り、離れることも大切だが、基本を忘れてはならない」と、基本を軽視されることへの警鐘でもあります。ちなみに歌舞伎役者の故・中村勘三郎さんの言葉である「型破りとは型を身に付けた人がやるから型破り。型のない人がやったら、それは形無し。」も本来、日本の武道や芸術で技を磨く修練を示す言葉で、「守破離」と共通した教えと思われます。』

と述べられています。

このように型を守る、先輩の技をまねることはすべてにおいて第一歩であると思います。まずは先輩の手技を徹底的にまねることが大切と思います。ある先輩から「自分の手術スタイルを確立するのは10年後でいい。それまではいろんな先輩の手技を完全にまねること、これができたら、あとは良いとこどりをして10年後に自分のスタイルを確立したらいい。」と言われました。

私が本当にお世話になった先輩に北村昌之先生(現 済生会八幡総合病院院長)がおられます。北村先生は食道外科が専門ですが、どんな手術でもやってしまうスーパー外科医でした。ある時ご自分が手術した患者さんが急性腎不全になってしまい、腎透析が必要となり、機械を取り寄せて透析までやってしまう、そんな先生です。私が若いころから様々な病院で指導していただき、お世話になりました。困ったときに助けていただき、いろいろなフォローもしていただきました。先生がいなければ今のわたくしはいません。今は北村先生は院長先生になっていますが、現役のころは手術の名人として有名で、またいつも勉強されていました。実は群馬に赴任してからも臨床で困ったり、迷ったりした時には相談しています。その知識の豊富さには脱帽です。いつも適切な助言をいただいています。

私が北村先生と出会ったのは研修医2年目で国立別府病院(現別府医療センター)でした。その時北村先生もまだ若く、自分で手術する機会はあまりなかったかと思います。北村先生の先輩の外科部長の先生はたいそう厳しく、完璧主義でした。手術もお上手でしたが、ほとんどの症例は自分が術者でされていました。後でお聞きしたところによると、北村先生はその部長先生から「北村君、僕はこんな性格だから人に手術を任せることがでできない。だから、他の病院に行った方がいいよ。」と言われたそうです。北村先生は麻酔もお上手でしたので、リスクの高い症例は北村先生が麻酔をかけられ、手術に入らないことも多かったのです。それからしばらくして北村先生はある病院の外科部長として赴任することを命じられました。北村先生に失礼を承知でこう聞きました。「先生は手術を術者としてあまりやられていなかったので赴任して苦労されたのではないですか?」北村先生は笑いながら「いや、そんなことはなかったよ。いつも見てたから。部長の先生がどんなことに気を付けて、どんな道具を使って、手術のやり方がすべて頭に入っていたから。縫合の糸の種類から運針まで。赴任を命じられた後、全部ノートに書き出して、あやふやなところはもう一度見させてもらったから、完全なコピーができたんよ。」

そういえば北村先生は麻酔医の位置からもいつも手術を熱心に見ていました。「守・破・離」の守の第一歩はまねることです。しかもまねることは手術を実際にしなくとも、見ることだけで可能なのです.時代は変わり今は、先輩たちもいろんな手術のコツを教えてくれると思います。しかし、まねることの第一歩は先輩の手技を懸命に見ること、北村先生は見ることの大切さを教えてくれました。見ることの大切さは今も変わらないと思います。