「The history of medicine is what was inconceivable yesterday
and barely achievable today and becomes routine tomorrow. 」
(きのうは想像もできなかったことが、今日には漸くできるようになり、
明日にはルーチーンとなることが医学の歴史である。)
Thomas E Starzl(1926-2017)
以前このコラムでも紹介したスターツル先生の言葉です。スターツル先生は肝移植を確立した偉大なパイオニアで、移植の父と言われています。外科医としてノーベル賞をもらうならばこの人と思っていましたが、残念ながら今年亡くなられました。
現在、アメリカでは年間6,000例の肝移植が行われています。先生は1963年コロラド大学で世界に先駆け肝移植を行いました。それ以降、想像を絶した努力を重ね、現在の肝移植を確立したのです。その結果、重い肝臓病で死に瀕している多くの人々を救いました。
私の手元に、スターツル先生による“Evolution of Liver Transplantation” (Starzl ET, et al. Hepatology 1982: 2: 614-36)という50ページに及ぶ総説があります。スターツル先生が行った肝移植の最初の4例は全員術後1か月以内に亡くなっています。末期肝不全で見られる凝固障害により、出血のコントロールができなかったこと、大きな手術侵襲によって起こった術後の感染症などが死因とされています。そのような結果を受けて肝移植のプログラムは一時中止されたり、決してその道程は平坦ではありませんでした。それを乗り越えても、肝移植には拒絶という大きな問題が立ちはだかっていました。免疫抑制が弱ければ肝臓は異物として拒絶され、強すぎれば感染症を起こしてしまう。そのさじ加減が大変難しかったのです。シクロスポリンやタクロリムスといった優れた免疫抑制剤が開発されて初めて長期的な成績も改善されました。スターツル先生は様々な困難に直面しても“肝移植は人々を救う”という信念を貫き通し、肝移植という術式や術後管理を確立し、ついには多くの肝臓病に悩む人々を救いました。
このEvolution of Liver Transplantationという論文はThe history of medicine is what was inconceivable yesterday and barely achievable today and becomes routine tomorrow.という言葉で締めくくられています。不可能と考えられていた肝移植を世界に先駆けて行い、生涯をかけて肝移植の成績向上と可能性を追求したスターツル先生だから言える言葉です。
群馬大学にはGeneral Surgical Science Week (GSSW)という新人外科医に対するオリエンテーションがあります。私もお話しをする機会をいただいているので、その中でこの言葉を紹介するようにしています。若い外科医の先生方には常識では実現不可能と思えるような自分の夢を持ち、それを継続させ叶える努力をしていく、そんな生き方をしてほしいと思うからです。
私自身の夢は肝胆膵癌を直すことです。肝胆膵癌は難治性癌の代表です。手術で癌を切除していったんは元気になっても、多くの患者さんが癌の再発に苦しんでいます。私どもを信頼して大きな手術を受けていただいたのに再発してしまう患者さんがおられるのは本当に申し訳なく、悲しく感じています。一方で、これ以上大きな手術(拡大手術)をしても成績は向上しないことがわかっていますので、成績を向上させるには新たな薬剤を開発するしかありません。なんとか肝胆膵癌が直るよう、薬剤の開発に向けて大学院の先生方も一生懸命研究に打ち込んでいます。手術をした後に新たな薬剤を投与することによって癌が直るそんな治療の開発を夢見ています。
みなさんの外科医としての夢はなんでしょうか?