私は2015年11月1日に群馬大学に新設された肝胆膵外科学分野に教授として赴任いたしました。現在、群馬大学におきましては腹腔鏡下肝切除の医療事故に対して様々な改革がなされています。肝胆膵外科分野はその改革のひとつとして新設された講座です。
群馬大学医学部附属病院では外科は旧第一外科、第二外科が統合され、桑野博行外科診療センター長の元、外科診療センターとして力を合わせて診療を行っています。この外科診療センターでは循環器、呼吸器、消化管、乳腺内分泌、小児、形成に加え、肝胆膵外科という様々は外科領域を網羅した診療体制となっています。
私は1986年九州大学第二外科に入局し、肝胆膵の癌、肝移植の診療に携わってきました。私の出身教室はわが国の肝癌の外科治療(年間100例を越える肝切除)と肝移植(年間50例を越える生体肝移植)のメッカでした。同大学やその関連病院で修練を積むことによって1,000例を越える肝胆膵癌や肝移植の手術の経験をすることができました。同じ医局の肝胆膵外科医として永末直文先生(島根大学医学部名誉教授)、兼松隆之先生(長崎大学名誉教授)、竹中賢治先生(福岡市立病院機構理事長)、矢永勝彦先生(東京慈恵会医科大学消化器外科教授)、島田光生先生(徳島大学消化器・移植外科教授)、田中真二先生(東京医科歯科大学分子腫瘍医学分野教授)、武冨紹信先生(北海道大学消化器外科I教授)など数多くの優れた先輩や後輩がおられます。これらの先輩、後輩をはじめとしたすばらしい仲間とのふれ合いの中で多くのことを学びました。この経験を生かして群馬県の肝胆膵外科医の育成と外科診療の質の向上に全力を尽くしたいと考えています。
私が赴任した11月1日には、群馬大学の外科には肝胆膵外科を目指す若い医師が9名いました。群馬大学における肝胆膵外科が厳しい状況にある中で、高い志を維持し、肝胆膵外科に対する強い思いを持ったすばらしいメンバーです。皆さんと心をひとつにして肝胆膵外科分野をすばらしい講座にしていくことを誓いました。そのとき、本ホームページにある「理念」を作りました。これは肝胆膵外科すべての構成員の皆さんの一人ひとりの意見をだしてもらい、私がまとめました。一人ひとりの意見が反映されています。これは私どもの憲法です。まず第一に私たちは患者さんやその家族、医師以外のメディカル・スタッフとの信頼を大切にします。しっかりとした診療を通じて信頼関係をつくり、群馬大学の肝胆膵外科が若い肝胆膵外科医が成長できる学びの舎となることを実現していきます。
患者さんお一人お一人に丁寧に対応します。肝胆膵の癌は一般に難治性で、罹患した患者さんは深い悩みを持っておられます。私達は患者さんの心の苦しみを少しでも理解するために、患者さんとのコミュニケーションを大切にします。
最良の治療が選択できるよう、私どもの経験と知識を駆使して手術適応を決定し、最高の手術ができるよう全力を尽くします。とくに3次元画像や最新の肝機能の評価法を用いて手術適応や術式を決定しています。肝切除や膵頭十二指腸切除11月1日から3ヶ月で40例(17例の日本肝胆膵外科学会高難度手術を含む)の肝胆膵外科の手術をみんなで行いましたが、Clavien-Dindo III以上の術後合併症を経験しておりません。肝切除の平均出血量は310mlで、膵頭十二指腸切除の術後gradeB以上の膵液漏はありませんでした。また、保険適応内で腹腔鏡下肝・膵切除を行っており、確実な手術手技の元、手術の低侵襲化を実現しています。
術後管理は全員で行い、休日日曜も切れ目ない診療体制で対応しています。毎日私を含めて回診をしており、北5階の看護師長さんと一緒に回診をすることで医師・看護師が共通の理解のもとチーム医療を実践し、質の高い医療と提供することを目指しています。その中で若い肝胆膵外科医を目指す医師は多くのことを学ぶことができるだろうと確信しています。
私はカンファレンスで、ベッドサイドで、手術室で、そして外来でなるべく自分の考えを語ることを意識しています。今までの私の知識、技術、そして経験をなるべく短期間にみなさんに伝えるために言葉を惜しみません。私は常に若い先生方とともにあり、すべての場面に教育的でありたいと思っています。様々な場面で、ディスカッションをし、いい意見は取り上げるようにしています。
若い先生方が教室の外に向かって学びの機会を得られるように支援します。一流の教室への手術見学や、勉強会への参加を私が今まで築いてきたネットワークを用いて、さらには学会の留学制度などを最大限に利用し、大学外の学びを推進します。先日は新木健一郎先生が和歌山県立医科大学第二外科の山上裕機教授の手術を見学に行きました。研究では大阪大学微生物研究所の福原崇介先生のもとへ石井範洋先生が、遺伝子のノックアウトの技術を学びに行きます。塚越真梨子君は国立国際医療研究センター肝炎・免疫研究センターへ赴きました。このような中で得られた知識や技術、優れた先生がたとの出会いにより外科医の人生は豊かになり、大きな刺激を受け、若い外科医たちは大きく成長すると確信しています。
群馬県はお隣の栃木県と面積、人口ともほぼ同等です。日本消化器外科学会の専門医の数はほぼ同様ですが、日本肝胆膵外科学会の高度技能指導医の数は半数以下、群馬県の修練施設は1つにすぎません。(群馬大学は現在修練施設から外れています。)今、群馬大学肝胆膵外科は来年修練施設Aへの申請を目標としています。今の状況であれば必ず達成できると確信しています。
群馬県には高度技能専門医は1名もいない状況です。少しでも肝胆膵外科の専門医を増やしていくことが急務です。逆に言えば、群馬県で肝胆膵外科専門医となれば活躍の余地が十分にある、必要とされていると言えるのではないでしょうか。肝胆膵外科医を目指す皆さん、群馬大学肝胆膵外科の門を叩いてください。群馬にはあなたの活躍の場があります。私達といっしょに高度な技術をもった肝胆膵外科医となることを目指しましょう。
私は前任の九州大学で500編以上の英文論文に関わってきました。今外科医に基礎研究は必要でしょうか。私は必要と思っています。患者さんにメスを入れる外科医は高い倫理観を持った科学者でなくてはならないと思っています。さらに肝胆膵癌いまだ難治癌であり、その治療成績の向上のために新たなブレイク・スル―が必要です
臨床・基礎研究に積極的に取り組んで「考える外科医」となってほしいと思っています。
臨床研究のテーマとして新たな肝機能評価法に取り組んでいます。通常肝臓の画像診断に用いられるEOB-MRIで、肝機能を評価する取組を行っています。3次元の画像と組み合わせることで機能的残肝容積が算出できるので、切除量の限界を決定することを目標に解析をすすめています。
高齢化社会では高齢者に対する安全な手術が求められています。高齢者に見られる骨格筋減少症(サルコぺニア)の外科手術における意義を解明することを目標に研究をすすめています。外科医は外来で患者さんを初めて診察するときに手術可能か否かを判断していますが、サルコぺニアはその客観的指標になると考えています。
また、肝臓の線維化を評価できる新規血清マーカーのM2BPGiに関して、産業技術総合研究所の成松 久先生、久野 敦先生や国立国際医療研究センター肝炎・免疫研究センターの溝上雅史先生ともご指導をいただき、共同研究で外科診療における意義を明らかにしてきました。この研究は肝臓や膵臓の星細胞の制御をすることによる肝癌や膵癌の治療に展開し、愛知医科大学 分子標的探索講座の梅澤一夫先生、国立国際医療研究センター肝炎・免疫研究センターの考藤達哉先生、間野洋平先生らとの共同研究に発展しています。
群馬大学の肝胆膵外科は、良好な手術成績を示すこと、患者さんと医師以外のメヂィカルスタッフとの信頼関係を築いていくこと、患者さんと共にあり、優れた手術技術を持ち、次の時代を切り開く考える外科医を育成していくこと、革新的な研究を行い、肝胆膵癌の治療成績に革新的な成果をもたらすこと、を目指しています。私たちの旅は始まったばかりです。
肝胆膵疾患をお持ちの患者さん、そのような患者さんを担当されいている医師の方、さらには肝胆膵外科医を目指している外科医の皆さん、ぜひお気軽に連絡をください。