私が新設された群馬大学の肝胆膵外科に赴任してから、5年半が経ちました。当科では日本肝胆膵外科学会が指定する高難度手術が数多く施行されてきました。高難度手術とは亜区域以上の肝切除や膵臓癌に対する膵体尾部脾合併切除、膵頭十二指腸切除や肝移植などの手術が代表です。高難度手術は長時間を要する、術中にある程度の出血が予測されたり、複雑な再建が必要となるために患者さんへの負担の大きな手術です。
群馬大学では私が赴任した2015年には年間30例であったのですが、毎年増加しており、昨年は120例を超えました。日本肝胆膵外科学会では良好な手術成績、教育体制を備え、年間高難度手術が30例以上行われている施設を修練施設B、50例以上の施設を修練施設Aに認定しています。
すべての手術において術後合併症を起因とした死亡が起こりえます。複雑で高度な手術であればあるほど術後合併症の頻度は増え、手術死亡は回避できません。日本肝胆膵外科学会の修練施設では5%以上の90日以内の手術死亡があるとレポートを提出し、それが学会の委員会で問題ありと判定されるとサイトビジットと言って実際に学会の理事などが当該の修練施設に派遣され、詳細な調査の上、改善すべきところは改善するように指導されます。一昨年の修練施設における平均の術後90日以内の死亡は0.9%でした。この頻度は年々低下しつつあり、また世界的に言っても極めて良好な成績です。
群馬大学では私が赴任してから5年半の間に530例を超える高難度手術を行いましたが、90日以内の死亡はゼロでした。しかしながら、術後合併症は一定の頻度で起こっています。先日もこんな患者さんがおられました。70歳代の患者さんで、肝門部胆管癌に対して右3区域切除+肝外胆管切除再建の手術を行いました。術後経過は極めて良好でしたが術後14日目に重症な胆管炎を合併し、敗血症、ARDS、たこつぼ型心筋症による心不全、腎不全、意識障害となってしまいました。多臓器不全の中でも4臓器不全となり、これは厳しいと私自身覚悟しました。ICUや呼吸器内科、循環器内科、感染制御部の先生方に相談しながら、呼吸不全に対してはECHOを装着し、ステロイドのパルス療法、気管切開を行いました。腎不全・敗血症に対して持続透析を行い、我々も必死で管理に取り組みました。この間原因不明の膵炎、高アンモニア血症などもあり、管理には難渋しましたが、何とか救命でき、現在関連病院で退院に向けてリハビリに取り組んでおられます。週末にはご自宅に退院ですねと話していた矢先に重篤な敗血症となったものですから、万全の管理を行ってきたつもりですが、改めて高難度手術の怖さを感じました。どんなに細心の注意を払っても合併症はゼロにはできません。
2009年にAnnals of Surgeryという外科では最も権威ある雑誌に掲載された論文は大変参考になります。6種類の大きな術式において術後死亡率の全米ベストとワースト20%に入る病院のデータを比較したところ、死亡率は2.5倍違ったのに、術後の合併症の頻度には有意差がなかったという論文です。すなわち、術後死亡の少なかった病院では合併症はおきるけれども救命できているのに、術後死亡の多い病院では合併症からの救命ができていなかったという事実を示しています。この事実をこの論文では”failure to rescue”と表現しています。
合併症を起こしても救命できる病院とできない病院では何が違うのでしょうか?それは病院の総合力の違いと言えるかもしれません。ICUの体制はもちろん、他の専門科の協力と専門性の高さ、異常を早期に察知する看護体制、いわゆるIVRによる処置の精度など、様々な皆さんのチーム医療の結晶が患者さんを救うのだと思います。前述の患者さんは外科医だけが頑張っても救命は不可能でした。皆さんの献身的なご協力を改めてありがたく感じました。もちろん、他の専門科から我々が助けを求められた時には全力で協力します。
合併症を未然に防ぐことは大切ですが、成績が良好であれば適応は拡大され、合併症は高難度な外科医療を行えば完全に回避することはできません。”failure to rescue”をなくすためには平時からいかに我々が多くのメディカル・スタッフに支えられているかを自覚し、感謝の気持ちを忘れない事、そうすれば我々が困難に直面した時、支援を頂けると思います。そのことが、患者さんを救うことになるのだと思います。
参考文献