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教授コラム

教授コラム Vol.48「音楽の力」

私の苗字は調(シラベ)です。この日本でも珍しい名前には由来があり、福岡県八女市黒木町北木屋にあった猫尾城の城主の源助能が1186年(文治2年)の管弦の催しの際に横笛を奏でてよい演奏だったのでしょう、後鳥羽天皇から賜ったという言い伝えがあります。笛の名人だったのでしょうか。残念ながらそのDNAは私には全く引き継がれていないようです。

ただ、5歳と6歳違いの兄の影響を受けて小学生の頃はカーステレオで擦り切れるまでSimon & Garfunkelを聞き続けていました。中学生のころにはBeatlesやPink Floydなど何でも聞いていたような気がします。大学に入りますと同級生のKH君が音楽の師匠でした。KH君は今福岡大学の教授になっています。彼の指導で私はなけなしのお金をLP収集につぎ込んでいました。ロック、ジャズなど彼の影響を受けて片っ端から聞いていたことを思い出します。彼の部屋で初めてBruce Springsteenの「Born to run」を聴いてぶっ飛んだことを思い出します。あの疾走感は凄かった。レコードの解説も名文でした。

“誰にはばかることなくありのままの気持ちで書いていた昔のように、あるミュージシャンについて書くことができる。先週の木曜日ハーヴァード・スクエア劇場で、僕は自分のロックンロールの過去が一瞬のうちに目の前を通り過ぎていくのを見た。そして僕は大変なものを見たのだ。僕はロックンロールの未来を見た。その名はブルース・スプリングスティーンという。僕が若い気分でいることが必要だった夜に、彼はまるで僕が初めて音楽を聴いたときのような気分にさせてくれた”
(Jon Landau)

という文章を読んでまたぶっ飛びました。KH君とはEric Claptonのコンサートに一緒に行きました。Jazz PianoのBill Evansが来るらしいと言っていたら急逝してしまい、生演奏を聴くことはかなわずじまいでした。Jackson Browneや Rickly Lee Jonesなどいろいろ教えてくれました。アメリカ留学の時にはKH君が教えてくれたChick CoreaやDan Forgelbergのコンサートには行きました。両方とも素晴らしかったです。大学を卒業してからは流石にゆっくり新しい音楽も聴く暇はありませんでした。最近のyou tubeで昔の演奏を時々聞いて楽しんでいます。

映画音楽も以前から好きでしたが、Ennio Morriconeというイタリアの作曲家が一番好きです。名画として有名なNew Cinema Paradiseのテーマを作曲したのが彼です。Robert De Niroの出世作だったOnce upon a time in Americaでも美しい楽曲を提供しています。その他、Melenaという映画のテーマやThe Missonという映画ではGabriel's Oboeという美しい楽曲を作っています。このように書いてみてもピンとこない方が多いかもしれませんが、テレビのバックミュージックとしてよく使われていますので、聴いてみれば“ああ、聴いたことがある”と思われると思います。いずれも哀愁と癒しに満ちた美しい旋律です。

先日、心が揺さぶられるビデオを見ました。病院の屋上で日本人の女性バイオリニストがソロで演奏するビデオです。病院は北イタリアのクレモナという都市にあるクレモナ大病院です。折しも北イタリアの新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていたクレモナで新型コロナウイルス感染症の患者を受け入れていた病院です。クレモナは人口36万人の都市だそうですが、4月15日の時点でCOVID-19 に5,000名以上が感染し872名の患者さんが亡くなられました。バイオリニストは横山令奈さんというクレモナ在住の日本人です。横山さんは高校卒業後イタリア、クレルモ音楽院に学び、今もクレモナでバイオリニストとして活躍されています。地元の団体を通じて病院からの依頼で4月16日に演奏が行われました。新型コロナウイルスが猛威を振るっているとは思えない美しい街を背景に真っ赤なドレスで凛として演奏する横山さんの姿はとても美しく、神々しくすら感じられました。横山さんは医療従事者への感謝と患者たちが再び音楽や芸術を楽しめる日が来るようにと祈りを込めて演奏したそうです。
おそらく病院には新型コロナウイルス感染症の患者さんが殺到し、また治療の甲斐なく多くの患者さんが亡くなっていく状況ではなかったでしょうか。医療従事者の皆さんは個人防護具で万全な感染対策をしているとは言え自らの感染のリスクへも怯えながら、医療者としても人間としても経験したことのない厳しい現実に直面せざると得なかったと思われます。

ビデオでは個人防護具で完全武装した医療従事者や患者の家族が見つめる中、Ennio MorriconeのGabriel's Oboeが心を込めて演奏されました。Morriconeの旋律には優しさ、切なさ、癒しや祈りと言った感情が込められているように思います。医療従事者の中には手を合わせる方もおられました。この短いビデオが私の心を揺さぶったのは、美しいバイオリンの音色によって医療従事者が先の見えない厳しい状況の中でふと我に返り、人間性を取り戻すような瞬間をとらえていたからだと思います。

今回のCOVID-19の世界的なパンデミックは、経済一辺倒で持てる者が持たざる者から奪いつくすような極端なglobalizationへの警告のようにも感じています。しかしながら、アメリカや中国は利他の精神とは全く逆のそれぞれの国の利益第一主義へ突き進んでいるように見えます。ウィズ、アフタ・コロナの時代の人類にはどのような世界が待っているのでしょうか。支配するものとされるものが対立する殺伐とした時代になるのでしょうか。人への思いやりや温かさ、正義や信頼に基づいた価値観を共有し、共に困難を乗り越える時代であってほしいと心から思います。音楽は美しさへの人間本来の感性に訴え、凍り付いた人の心を解す大きな力を持っていることを今回のビデオは教えてくれました。

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追記:このコラムの掲載を待っていた7月6日にEnnio Morriconeさんご逝去の知らせが届きました。91歳とご高齢でしたので、いつかはと思っておりましたが、大変残念で寂しく感じております。数々の名曲を残していただき、心からの感謝です。そしてご冥福をお祈りいたします。(令和2年7月10日)