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教授コラム

教授コラム Vol.31「日本一勝負弱い監督へのお礼状」

第二回の群馬大学総合外科学講座開講記念会の特別講演は前橋育英高校の校長兼男子サッカー部監督の山田耕介先生にお願いしました。大変感動的な講演でみんな参加者は聞き入っていました。

私と山田先生の出会いは桑野博行先生の退官記念祝賀会でした。私の隣の席に山田先生が座られましたので少しお話しができました。前橋育英高校には男子サッカー部員は200名以上、みんな中学時代はサッカーエリートです。しかしながら、本当に活躍できるのはほんの一握り20名もいないくらいでしょうか。サッカーのトップエリートだった子がサッカーで評価されない。ふつうはたくさんの子たちが挫折して、精神的におかしくなったり、サッカーをやめてしまう子がいると思います。そこで「監督としてご苦労もあるのでしょうね。」とお伺いしたところ、「みんなサッカーが好きでやめないんですよ。」とにこやかに答えられました。その秘密を知りたいと思い、講演をお願いした次第です。

山田先生は37年間前橋育英高校男子サッカー部の監督を務めてこられました。赴任した時にはサッカー部はサッカーどころではなく、「スクールウォーズの世界でした。」とおっしゃっていました。髪型はリーゼントがふつう、だんだん短くなりましたとのこと。日本一を見せたいと強豪校に練習試合をお願いしたところ18-0で負けたそうです。あたり前ですよね。ほとんどの部員は「あたりまえだろ。」と言っていたそうですが、唯一キャプテンだった子が大声で泣き出し、「くやしい」と。そこから始まりましたとおっしゃっていました。ずっと高校サッカー日本一を目標に頑張ってこられました。しかし、全国3位が平成10年、11年、13年、20年の4回、準優勝が平成26年、28年の2回。高校サッカー日本一までの道のりは決して平坦ではありませんでした。

そしてとうとう平成29年に全国を制しました。トーナメント制で行われる高校サッカー選手権では優勝しない限り最後には敗北があるわけで、たくさんの涙の試合のDVDをみせていただきました。

山田先生は若者を成長させる様々なメッセージを紹介されました。Global standard、サッカーを楽しんで、やらされるな。サッカーは頭とハートでやるもの、技術だけではなく強い意思が大切。無限の可能性など。たくさんの先生の教育への熱い思いを聞かせていただきました。

ではなぜ前橋育英高校のサッカー部員はやめないのでしょうか。200名以上の部員はトップ、1部、2部、3部にわかれてそれぞれのリーグで試合があり、予定が組まれています。「うちのサッカー部員には玉拾いはいません。レベルの違いはありますけど、それぞれの課題を解決し、成長できるようにしています。」とのことでした。これこそが前橋育英高校のサッカー部の部員がやめない理由の一つでしょう。一人一人の部員を丁寧にフォローし、成長を促す温かい環境を作っておられるのだと思いました。

そして山田先生の最終目標は選手自身が自立していくこと、自分で自分を延ばせるところまで育てることだそうです。高校サッカー日本一に至るまでの37年間、おそらく山田先生は考え続けたのではないでしょうか。なぜ、日本一に届かないのか?何が足りないのか?そのような中で自立した選手を育てることが最も大切であるという確固たる思いにたどり着いたのではないでしょうか。

山田先生の目標は高校サッカー日本一でしたが、goalはそれではなかった。若い選手を自立させ、人間的にも一流の人材を育成することこそがgoalでした。優勝することだけが目的なら、トップクラスの選手だけに力を注げばよかったはずです。だから、日本一になるまでには時間がかかったのかもしれません。しかしながら、先生のgoalが人材の育成であるがゆえ、前橋育英高校のサッカー部は脱落者を出すことがないのでしょう。真の理由はここにあると思いました。山田先生は日本一勝負弱いサッカー部監督かもしれませんが、最高の教育者です。先生の限りない教育と人材育成への情熱は私たちの心を揺さぶりました。

山田先生、素晴らしい講演をいただき、誠にありがとうございました。先生の教育指針は私たちの重要な課題の外科医の育成にも通じる大切なメッセージであると感じました。開講記念会の会員を代表してこの場をお借りして改めて御礼を申し上げます。山田耕介先生の益々のご健勝と前橋育英高校の更なる発展を心から祈念しております。