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教授コラム

教授コラム Vol.23「桑野博行先生のご退官に寄せて―それぞれの栄光の架け橋を目指して―」

群馬大学総合外科学講座 肝胆膵外科分野
調  憲

私がはじめて桑野先生にお会いしたのは昭和61年の九州大学第二外科の初期研修医の1年目の時ですので32年前のことです。同年杉町圭蔵先生が九州大学第二外科の教授に就任され、杉町先生の御専門が食道癌の治療でいらっしゃいましたために、桑野先生は、当時世界の食道癌の外科治療をリードしておられました杉町先生の懐刀としてご活躍でした。一方で、そのころ研修医であった私どものことをいつも気にかけていただきました。先生には楽しい飲み会を主催していただき、しばしば夜を徹してお付き合いいただきました。また、生意気盛りの研修医であった私が、桑野先生に私が副主治医であった食道癌の患者さんの治療方針について議論を吹っかけたことがございました。先生はいやなお顔一つせず、真摯に受け止めていただきましたことを今でも鮮明に記憶しておりますし、心から感謝をしております。あの時のことは私にとって外科医としての原点となっております。

平成27年群馬大学に赴任した私を温かくお迎えいただき、すべての面でご指導をいただきました。先生と一緒に群馬大学に奉職したこの2年4ヶ月は私にとって幸せな時間でした。

先生に教えていただいたことは多すぎてここでは全てを書き記すことはできません。その中で特に大切に感じるものは先生の研究に対する姿勢でした。研究の合理性の追求の中で切り捨てられるような、一見予測される結論からは矛盾しているような事象や、結論とは関係なくひそやかに存在している事象に目を向けることの大切さを、お教えいただきました。そしてそのことは先生の科学者としての探求心から発しているばかりではなく、脚光を浴びていない裏方で支えていただいている方々、時には自分の意に染まぬ方々に対してでさえ、敬意を払い温かい心を持って接する人間としての大きさに通じていることが、最近よく理解できるようになりました。

先生が平成10年に群馬大学外科学第一講座の教授として赴任されてから、19年を超える長年にわたって群馬大学の発展に大きな貢献をいただきました。以降、とくに消化器外科、呼吸器外科、乳腺外科、小児外科の領域の臨床、研究の指導に尽力をされました。さらに教育面では情熱と愛情をもって外科医の育成に努められ、先生の在任中に入局し薫陶を受けた外科医は100名を超え、先生の熱意溢れる御指導の結果、教室からは9名の教授を輩出されておられます。

なかでも記憶に新しい第117回日本外科学会定期学術集会を会頭として大成功に導かれましたことは先生の長年にわたるご努力の賜物であり、先生が心血を注いで作り上げられました教室全体の集大成と考えます。このことは私どもの誇りであり、総合外科学講座を代表いたしまして、心より感謝を申し上げます。

先生は教授を拝命されてからここに至るまで、決して平たんな道のりではなかったとお聞きしています。どんな困難な局面にあっても先生の“言い訳をしない。人のせいにしない。”というお教えは私どもの心に深く残っております。一方で、“たとえ明日世界が滅ぶとも今日私はリンゴの木を植える”というルターの言葉を引いて、学問に取り組む姿勢を教えていただきました。そして、先生の生き様を見せていただきましたこと、本当に勉強になりました。先生からの大切なメッセージとして改めて心に刻み、今後のわれわれの指針としてまいりたいと考えております。

先生は宴会の終わりに“栄光の架け橋”という“ゆず”というデュオの歌を教室の若者達と腕を組んでみなで歌うことがお好きでした。苦しみ抜いて、桑野先生を会頭として主催された第117回の日本外科学会定期学術集会のことが群大の諸君には浮かぶかもしれません。桑野先生は、時には厳しく若い外科医を教育することもあったと思います。しかし、いつも若い外科医に対する温かいまなざしがありました。本当の“栄光の架け橋”は困難を乗り越えて群馬大学の外科を支え守り抜き、先生の薫陶を受けた外科医一人ひとりかもしれません。しかし、これで終わりのはずはなく外科医として患者さんたちに最高の医療を提供し、教育と研究に情熱を燃やし、さらに人間として尊敬されるべくすべてのことに真摯に、前向きに取り組んでいくことでそれぞれの“栄光の架け橋”が見えてくるのだと思います。

桑野先生がご退官とともに群馬大学を去られることは、以前よりわかってはいることでしたが、先生のご退官が近づくにつれ益々先生のやさしさ、懐の深さを強く感じ、失うものの大きさにただただ、今茫然としております。

群馬大学の総合外科学講座、外科診療センター、さらには群馬県全体の外科医療を発展させ、そこに集う若者を成長させ、私自身も成長していく責任の重さを感じております。先生の教えをこの群馬大学の若者達に伝えていくことを忘れずさらに進んでいきたいと考えておりますので、桑野先生におかれましては群馬大学を去られた後も何卒今までどおりのご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

(この文章は桑野先生の退官記念誌用に書いたものを転載させていただきました。)