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教授コラム

教授コラム Vol.50「群馬大学で新たな外科の在り方を考える」

髙田和男さんは日本テレビ客員解説委員をお務めです。日本テレビの報道局でご活躍をされた、特に医療問題に造詣が深い方です。そのため、日本外科学会をはじめ様々な学会で大所高所のお立場からご指導をいただいております。髙田和男さんは髙田塾という医療問題を中心に取り上げる勉強会を長らく主催されており、東京の記者クラブで行われています。出席者の皆様は医療関係者、報道関係者、弁護士、政治家など幅広い様々なバックグランドを持たれた著名人も多く参加されます。

私は日本肝胆膵外科学会の理事を拝命してから、髙田さんとお話しをする機会があり、令和元年9月5日に第64回の高田塾にて『新生・群馬大学外科』というテーマで、新木健一郎君と群大外科の改革についてお話をさせていただく機会をいただきました。その時にお話を聞いていただいたご縁で私共のことを高梨ゆき子記者に取材をしていただき、医療ルネッサンスにシリーズで取り上げていただきました。

今年は髙田さんに高田塾の案内状に文章を書く機会をお与えいただきましたので、以下の文章を書かせていただきました。髙田和男さんのお許しを得て、ホームページに転載させていただきましたことを申し添えます。

群馬大学で新たな外科のあり方を考える

群馬大学大学院医学系研究科総合外科学講座肝胆膵外科分野
調 憲

高田塾でお話をさせていたいてから早や1年が経とうとしています。髙田和男様におかれましてはいつも私を温かくご支援いただいておりますこと、また今回このような機会をお与えいただいたことに心から感謝を申し上げます。

私が群馬大学に赴任して10月末で5年が経ちます。群馬大学の医療事故報道を受けた改革の一環として新設された肝胆膵外科の教授として赴任したのです。その時に群馬大学肝胆膵外科にいた9名の若い外科医たちは信頼を回復したいという気持ちでいっぱいでした。私は患者さん第一の医療を根付かせることを第一に、やるべきこととして、1.外科医療の質の向上、2.意識改革、3.人材の育成を考えました。上田裕一先生が委員長としてまとめられた“医療事故調査委員会”の報告書が指針となりました。

手術の適応をまずグループ内で徹底的に議論しきちんと決める事、患者さんへの丁寧な説明を行うこと、ハイリスク症例、新しい診療や経験が少ない高難度な治療の導入に際しては倫理委員会や先端医療開発センターで審議を受ける事、インシデントを積極的に報告し、改善を図ること、看護師さんや他の診療科の先生方とのコミュニケ―ションを大切に最善の医療を提供できるチーム医療に心掛けること、術後の合併症が起きた時には手術ビデオを振り返ること、など様々な事に取り組んできました。何が起きているのか皆さんが把握できるような医療の透明性(transparency)、何か起きた時にきちんと説明できる説明責任(accountability)、決まり事を遵守すること(governance)に腐心をしてきました。

群馬大学における日本肝胆膵外科学会の高難度手術数は2015年の32例から昨年110例に、今も増加しています。日本肝胆膵外科学会の修練施設の取消処分につきましては学会理事・幹事の先生方に実際に病院を訪問して詳細な調査をしていただき、完璧な医療安全体制かつ質の高い肝胆膵外科医療との評価で、再認定をいただきました。厳格な手術ビデオ審査の上認定される日本肝胆膵外科学会の高度技能専門医が2名、日本内視鏡外科学会の技術認定医(肝)が1名誕生しました。私は、本年から日本肝胆膵外科学会の副理事長を拝命いたしました。このようなことは赴任当時からは到底考えられなかったことで、改革の途上にある私共にとって本当に有難いことと感じております。

髙田塾での発表後に「どうすれば医療事故を繰り返さないようにできるのか?」という問いや、「医者は反省しない。直ぐに忘れてしまう。」とのご批判をいただきました。その時はうまくお答えすることができず、宿題をいただいたと思いました。確かに医療安全は日々の風化との闘いです。体制の改革だけでは医療事故の再発を防止することは難しく、教育・人材の育成との両輪が不可欠です。外科医を目指して群大外科の門をたたいた若者は4年前には1名でしたが、一昨年7名、昨年8名、今年は10名を超えます。これらの若者たちに対して今私達は外科医の教育、自己研鑽の基盤としての“どこでもいつでも勉強できる”e-ラーニング・サイトを構築しようとしています。このサイトは外科医としての基礎的な知識と手技(初級)から、内視鏡外科に大切な基本手技の修練のための動画(中級)や解説付きの内視鏡技術認定の合格ビデオ(上級)の3段階の作りを考えています。この中に外科医としての基本姿勢や医療安全に関するメッセージも込め、高い倫理観と技術を兼ね備えた外科医の育成を目指す我々の姿勢を示したいと考えています。このような試みが新たな外科のあり方に繋がってほしいと心から望んでおります。

私は後6年半で退官です。私が退官しても群大外科が医療事故を繰り返さないためには、我々の反省に基づき学んできたことを伝える“教育”こそが大切です。関東大震災後の東京の復興計画を立案実行したことで知られる後藤新平の「金を残して死ぬものは下だ。仕事を残して死ぬものは中だ。人を残して死ぬものは上だ」という言葉を胸に努力をしてまいります。皆様におかれましては今後ともご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。