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教授コラム

教授コラム Vol.61「智・情・意の情」

2022年1月現在、新型コロナウイルスの急速な感染拡大によって群馬大学医学部附属病院でもいったん緩和されていた面会の制限が再開されました。オミクロン株を中心とした感染は深刻かつ急速です。多くの面会者が訪れれば病棟での感染拡大が懸念されるため、感染対策として致し方ないものと理解しています。

先日、1月10日(月)の午後、私が病棟を回診していたところ、病棟の入り口にある透明なガラス製の自動ドアを挟んで、病棟側に高齢の女性の入院患者さん、ドアの外に娘さんと思しき中年の女性とお孫さんと思しき若い女性がおられました。お孫さんは振袖の着物姿でした。娘さんとお孫さんが闘病中のおばあちゃんにお孫さんの一生一度の成人式の晴れ着の姿をみてもらうために来ていたのだと思います。患者さんは嬉しかったのでしょうね、晴れ着のお孫さんを見ながら「うん、うん。」と頷いていました。ドアを挟んでの面会?でしたので、言葉少なに遠慮がちに会話とも言えない短時間の面会であったと思います。本来なら、お孫さんのことをハグしてあげたかっただろうなと思いながら、その場を離れました。瞬間のことでしたが、私はこのご家族の情愛を感じ温かい気持ちとなると共に患者さんの恢復を祈る思いと、このような形でしか面談できない状況がとても切なく感じられました。患者さんの闘病生活の中でご家族の励ましは大変大切だと思いますので、現在のように家族との面会が自由にできないことは患者さんに病気との孤独な戦いを強いることになっています。また、ご家族にとって1度しかないイベントがこのような形でしか実現できないということはとても悲しく感じられます。

このような場面に遭遇したからではありませんが、群大病院におけるオンライン面会の導入について、IT関係に詳しく、外科のOBの群馬大学数理データ科学教育研究センターの浅尾高行センター長にご相談したところ、ぜひ前向きに検討したいとおっしゃっていただきました。また、事務長以下、事務の皆さんにも前向きに検討していただけるとのことでした。最近、子供さんたちは東京に住まわれていて、高齢の患者さんが独居やご夫婦のみで群馬に居住していることも多いのです。コロナ禍が収まってもこのシステムが構築されれば遠方のご家族との面会にも力を発揮することでしょう。

昨年NHKの大河ドラマ「青天を衝け」で注目を浴びた渋沢栄一は日本の経済界の礎を創った実業家です。その栄一の哲学の根本は『利潤と道徳を調和させる』というもので、今の社会でも大切な教えと思います。栄一の口述をまとめた『論語と算盤』という本の中に、『智(知恵)、情(情愛)、意(意志)』の重要性について触れたくだりがあります。智情意の3つがバランスを保って、均等に成長したものが完全な常識である。常識とはごく一般的な人情に通じて、世間の考え方を理解し、物事をうまく処理できる能力で、社会で生きていく上でなくてはならないと述べています。

智・情・意のバランスが大切だと思います。バランスを欠けば、夏目漱石の草枕の冒頭にある『智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。』ということになるのでしょうか。

病院の運営にもこの『智、情、意』のバランスは大切のように思えます。智は高い医学のレベルの実践、情は患者さんやご家族そして職員への情愛、意は正しさを貫く倫理、と当てはめることができるように思います。もちろん群大病院は大学病院ですから、智は大切です。今回のことは情なのだと思います。忙しく、効率化を求められる病院の運営において、ともすれば忘れられがちな患者さんやご家族への情を失わず、情を細やかな場面から読み取れる感性を持ち続けたいと私は思います。皆さんに様々な事をお願いすることもありますが、そのような際に情に訴えることも大切だと思います。情について多くの方々が共感していただければ物事は動き出すと思います。その結果、不幸にして病を得た患者さんたちやご家族に温かい医療を提供できるよう私は努力をしていきたいと思います。