当科についてAbout

教授コラム

教授コラム Vol.55「HANABI」

人は理想や夢の実現のためには前向きに生きることができると思います。しかしながら、高度に分化し、複雑化した社会の中で理想や夢は見えにくくなっているように感じます。さらに昨年からのコロナ禍で混沌としており、未来のことが見えにくくなっているように感じるのは私だけでしょうか。

「金を残すのは下、仕事を残すのは中、人を残すのが上」という言葉は後藤新平が遺した言葉と聞いています。後藤新平は医師、官吏を経て政治家となって明治から昭和の初期に活躍した人です。当時の台湾の文化を取り入れた台湾統治で頭角を現し、関東大震災で壊滅した東京の壮大な復興計画を提案しました。その計画はごく一部しか実現しなかったようですが、今の東京の基本骨格には新平の計画の影響が強く残っているようです。私はこの9月で60歳を迎えます。5年後には群馬大学を退官します。このことは現実で時の流れに贖うことはできません。時の流れは出会いと別れをもたらし、切なく儚く感じることもあります。でもだからこの一瞬が大切ですね。私はこの5年間に何を後輩の皆さんに伝えることができるでしょうか。

リーダーの仕事はその組織のミッションを創り、そのミッションの実現に向けて健全に発展させることだと思います。そのミッションは理想や夢の実現に向いているべきで、私たちは医師である以上、患者さんに最善と思える治療を提供する方向を向いていなければなりません。また、そのミッションは永い人の歴史の中で経験的に正しいと感じられる価値観に基づいているはずです。そうでなければ、みんなで長い間共有はできない。当たり前のことと言えば当たり前のことですが、でもこれが意外と難しい。一人ひとりの行動が、そのミッションに合っているのか、いつも立ち返って現実の中で考え続けることは骨が折れる作業です。でも、共有されたミッションが実現されていけば、この組織に属する皆さんの理想や夢も実現に近づいていくはずです。

社会の中でもリーダーが決めた価値観を押し付け、強力に実行していくリーダーが求められる傾向があるでしょうか。その組織は一時的には成果を上げることはあるかもしれません。しかしながら、長続きはしないでしょう。結局その組織のメンバーの主体性や自発性は奪われてしまう。その組織のメンバーは考えることを止めてしまい、意見を言わなくなってします。これでは「人を残したとは言えません。」

若者一人ひとりに目を向けると、本当の自分の価値や可能性に気づいていない人がいる気がします。自己主張を控え周囲との同調性が重視されること(空気を読む?)や組織の一員としてふるまうことを常に求められる日本人にはその傾向が強いのでしょうか。組織の一員として頑張ってはいるのだけれど、その日暮らしになっていて未来への希望や理想が見えにくくなっている人がいませんか。結局、自分の価値や可能性は自分自身で気づいていくしかないと思いますが、日常の中で心から興味があることをみつけれられたらそれを主体的に追求していけばよいと思うのです。そのことはあなたのかけがえのない価値になります。

私ができるとしたら、その人の強みや素晴らしい点を指摘してあげる程度のことで、そのことが気づきのきっかけとなればよいと思います。でも言い続ける事は大切ですね。この混沌とした、夢や理想が見えにくくなっている世の中で若者が夢や理想を持ち続けることができるよう、私は彼等、彼女等を励まし、支援していきたいと思っています。

MR. CHILDRENの曲に「HANABI」という詩があります。コードブルーというテレビ番組の主題歌でした。夢や理想や愛といった儚く、失われやすい輝きをHANABIに例え、その光を追い求める傷つきやすい若者の気持ちを唄った曲と思います。挫折に満ちたこの世の中で、だれもが問題や悲しみを抱えているけれど素敵な明日を願っている中で、みんなで共有できる“HANABIのような光”を創るよう私は努力し、もう一回、もう一回、何度でも、若者が前を向くことができるよう、私自身もうひと頑張りします。

群馬の若者とめぐり逢えたことで、想像さえしていない、こんなに世界が美しく見えるなんて、心から感謝しなければならないのは私ですから。